TSTの無心テキスト

リハビリブログ改め

論破欲の強い人

おばんです。7月に入ってもコロナ感染者数の数が減るどころかまた増えるという状況に。しんどいがですがなんとか最後まで希望は捨てずに前を向いていたいと思います。今回はここ数年、ネット上でもリアルでも感じていることを書きます。はい。

 

私は『論破』という言葉が正直苦手です。理由は威圧的な印象・態度があるからです。論理立てて相手の問題点や矛盾点を指摘したり、自分の理論を主張したりすることそのものを否定するつもりはありません。コミュニケーションとして大切です。

 

しかし、「『論破』すれば勝ち」という考え方がここ近年ネットはおろかリアルでも加速しているような気がします。これはコミュニケーションとして正しいのでしょうか?

 

ここで実体験を。

 

友人Aと友人Bと私の3人で他愛もない会話しているときに、友人Aが「的を得る」と言いました。有名かもしれないがこれは誤用であり正しくは「的を射る」です。友人Bは友人Aに対してわざわざ会話止めてまで言葉の使い方について指摘しました。

 

そこから友人AとBは口論となり、険悪なムードになりました。確かに正しい日本語を使うことは重要ですし、友人Bの指摘は正しいです。しかし、わざわざ話を止めてまで指摘する必要性はないかと思います。友人Aはハイテンションで喋っていましたし、聞く側もそれに合わせていました。せめて会話の流れが落ち着いてから指摘することは可能だったかと思います。

 

今回は友人間で他愛もない会話での一例でしたが、会社や学校でも『論破』することに異常にこだわる人はいるかと思います。そういう人を「論破欲の強い人」と形容するようにしています。

 

繰り返しますが「批判するな!」というわけではないです。たとえ仲の良い親友や家族であっても相手を指摘すること自体は否定したくはないです。健全な批判精神は肯定したいです。

 

長々と語っていますが今回一番思うのは「コミュニケーションとして論破することが必ずしも正解ではない」だと思っています。よく「会話は言葉のキャッチボール」なんて言いますが、論破欲の強い人はキャッチボールおいては取りやすいボールを投げたり、キャッチしやすいようにクラブや自分を動かせない人なんじゃないかって...もしくはシンプルに思いやりがないような気がします。

 

最後に。大学でメディア論や社会学、そしてコミュニケーションについてかじった人間にとって、今回のテーマはこれで終わりではなく、また似たようなテーマや通じるテーマを書いていこうかなと思っています。そしてできれば槙田雄司『一億総ツッコミ時代若林正恭『ナナメの夕暮れ』の二冊はこの考え方決定づけた本なので是非とも読んでほしいです。機会あればお貸し…買ってください。では。

 

一億総ツッコミ時代 (星海社新書)

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  • 作者:槙田 雄司
  • 発売日: 2012/09/26
  • メディア: 新書
 

 

 

ナナメの夕暮れ (文春e-book)

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追記:参考にした?というかここ最近見た中で「的を射てる」と感じた記事も貼っときます。お暇があれば。

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