ていすとの無心テキスト

リハビリブログ改め

小4の時のトラウマ

おばんザメ。コバンザメがLv.25になると進化できるそうです。5月も最終週とはいえ、真夏日レベルの暑さが突如に現れ一気にだるさがMAXに。そんな中免許の更新を午前中に終えたこともっと評価してほしい。今回は、雑感で書いていたら思いの他長くなったので、『エピソード』の方に回してみたお話。もう両カテゴリーに大きな差異はないけど。

 

 

・小4の時のトラウマ

小学生の頃。確か4年生ぐらいだったかと思う。お昼休みにトイレに入ると、個室トイレ内に誰かが入っていた。個人的には個室に入っている人をからかうつもりは無かったが、自分よりも一つの上の上級生がそのその人をからかい始めると、自分もそのノリに乗っかってしまった。今でもこのことは反省しており、中学進学後には同じ部活に入った際にも当人に謝罪をしている。

 

昼休み終了後にトイレから泣きながらその人が出てきた。そしてその子の担任教師から呼び出され、すぐに集団での大説教がトイレで始まった。

 

一人一人が尋問が行われ厳しく指導される中、自分はあくまでも ノリに乗っかった側という意識があり、言い逃れとして「みんなが...」という言葉を繰り返し使ってしまった。

 

これがまずかった。これを聞いた上級生側の担任が激怒。私の首根っこを掴み、「これがみんなだ!」と叫び、5年生と4年生のクラスのドアを開けて、私の顔だけを教室に見せつけるというその当時でも問題になりそうな指導を行った。 

 

このことは今でも鮮明に覚えており、忘れたくても忘れることが出来ないトラウマになってる。勿論、共犯とはいえ個室トイレに入った人をからかってしまったことについては今でも後悔し、恥じている。とはいえあそこまでの指導が必要だったのか...何が正解だったかはよく分からない。

 

ただ間違いなく言えるのは、この指導をされた側にとって、その後の人格形成や人間性に大きな影響を及ぼす可能性があるということである。自分に原因があるとはいえ、30人×2のクラス前であんな屈辱的なことをされれば、否が応でも記憶大きく刻まれる。

 

何度も言うが今回の件における最大の被害者は個室トイレでからかわれた側である。ここを否定するつもりはない。だが、指導という面においてもっと“正解”があったのではないか?と思い続けている。いっちょ前に教育についてどうこう言える立場ではないことは百も承知だが、トラウマを生み出すような指導が無くなることを節に願う。

 

 

以上、トラウマ発表会にお付き合い頂きありがとうございました。

 

では、今日はこのへんで。