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リハビリブログ改め

テレビと秋田とフラッシュ倉庫

おばんでしたね。4月だってのに嘘みたい寒かったり、嘘みたい暑かったり…4月は本当に君の嘘なのかもしれません。お後がよろしかったかは任せます。今日は日頃思っている「テレビとネット」について書いてみます。

 

 「テレビ離れ」と言われて久しい昨今です。若者を中心にスマートフォンでメディアコンテンツを消費することが当たり前の時代となりました。特に小中学生は一日中YouTube視聴やスマホゲームをしており、テレビコンテンツは見向きもされない・・・なんて話は恐らく2010年代頃から言われるようになったでしょうか。

 

元々、ネットに依存する人はそれなりにいたとは思いますが、スマホの普及により加速したというのは言うまでもありません。勿論若い人でも「テレビ大好き!」という人は少なからずいると思いますが、その分母は年々減少傾向にあると言っていいでしょう。

 

で、そういう自分はどうなんだという話なんですが、生まれて物心がついた頃には噛り付いてテレビを楽しんでいたかと思います。兄と一緒にアニメや戦隊ヒーローものを見ていたのはもちろんで、祖父が根っからのジャイアンツファンで一緒にプロ野球中継を楽しんでいましたし、当時両親は共働きで少し遅め帰ったきた時でも「月9」やその後の『SMAP×SMAP』やその他バラエティを幼少期の頃から見ていた記憶があります。

 

THEテレビっ子家庭で過ごしていましたが、一つイレギュラーなことが発生します。それは「夏休みに秋田へ行く」ということです。親の実家が秋田にあるということで、毎年お盆の頃には行くのが恒例行事でした。

 

察しが早い人にはお気づきかもしれませんが、秋田県には民放3局しかなく、テレビ東京系列に加えてTBS系列の放送局までもが未だに存在しません。(2021年4月現在)そのため、平日の昼間の時間帯はまぁー暇です。ビデオデッキも無かったですし、衛星放送も子供向けの放送はありませんでした。加えて兄は携帯用ゲーム機が持っていましたが、自分にはありませんでした。

 

そんな秋田でしたが、なぜかネット回線は充実しており快適にネットサーフィン(おそらく死語ですが、当時のネット界隈の雰囲気を出すためにあえて採用)が出来ました。今考えると、おこちゃまな自分にPC環境を簡単に提供するなんて中々危険なこともする家庭だったなとは思いますが、兄と二人での使用だったのでOKが出たのだと思います。

 

そんなネットサーフィン中にあるサイトを見つけます。それは『おもしろフラッシュ倉庫』というサイトです。当時はフラッシュ倉庫が最盛期を迎えていました。そこには今まで見たことのない世界が広がっておりました。

 

当時のフラッシュ倉庫はネット特有のアングラな空気感と様々なパロディネタ動画が存在しておりました。『高速サザエさん』『ハゲの歌』『楽しい算数』『楽しい国語』『小小系列』挙げていけばキリがないです。

 

と、テレビコンテンツが満足に見れない地域にいた時期があるため「ネットコンテンツにドはまりする」という時代がありました。そのため「スマホに熱中する中高生」の気持ちが少し分かるような気がします。都会に住んでいるならまだしも、放送地域格差のある地方に住んでいる人はなおさら、ネットやスマホへの熱中度は高いと思います。

 

運良く自分はテレビとネットの両コンテンツを上手に吸収できた幼少期だったなと思います。これは時代的なことよりも、家庭環境の要素も大きいのかなと感じています。

 

テレビ対ネット」と対立軸で考えることが多いとは思いますが、両方の面白さと性質と弱点を理解した上で少なくても自分は「両方面白い」としか思わないです。「テレビ」も「ネット」も大きな主語なので、多種多様なコンテンツがあるため慎重に語らないといけないですが。

 

では。

 

 

 

 

【参考サイト】

「Flash終了」までの20年とはなんだったのか? ネット文化からアニメへ至るFlashの歴史を振り返る(1/3 ページ) - ねとらぼ

 

 FLASH黄金時代とは (フラッシュオウゴンジダイとは) [単語記事] - ニコニコ大百科